人生はモノでできていない

逆賊ブロガー ケンです。

 

映画365日のシンプルライフNetflixで観ました。

 

この映画は、ある男性が

「一旦全てのものを貸倉庫に預けて

 1日1個だけモノを取り出して生活する。」

という極めてシンプルなルールに基づいて生活する様を追った

半ドキュメンタリー的な映画です。

 

 

服すらも全て預けているので、

初日は夜中に落ちている新聞を股間にあて

夜道を疾走するところから始まるほど徹底しています。笑

 

 

 


365日のシンプルライフ(字幕版)

 

 

特に面白かった場面が2つありました。

 

1つめは、

初期段階ではモノが増えていくごとに

幸福度が増すと言っていたところです。

 

固いマットレスのみで寝ていたところに

ベッドを新しく持ってきた次の朝の

幸せそうな顔が印象的でした。

 

 

2つめは、

数十個のモノを取り出した時点で

追加のモノが要らないと感じていたところです。

 

テーブルも椅子もベッドもない状態で

まだまだ「普通の」生活には全くモノが足りていないはずなのに、

モノが増える昂揚感や幸福感が失われていったんですね。

 

 

この2つの場面で日本のこれまでの成長ー停滞の時代と

重なるなと思いました。

 

戦後復興期から高度経済成長期にかけて

各家庭の豊かさの向上とは

モノを増やして生活を便利にしていくことだったのでしょう。

洗濯機や掃除機で辛い家事労働から解放され、

テレビの登場で各家庭に娯楽が生まれました。

おそらく、当時は

モノが増えること=精神的にも豊かになること

が成り立つ時代だったのであろうと思います。

 

しかし、各家庭に十分なモノが供給されて以降

個人消費は以前ほどの爆発的向上が見込めず

日本経済自体も停滞期に入ります。

こうなると、モノが増えたときの幸福度の向上

経済用語を使うと、限界効果のようなものが

低くなっていったと考えられます。

 

より便利な生活を求めて更にモノを購入するが、

あまり幸福度は向上しない。

しかし、モノが増えること=豊かさが向上する

という幻想を抱いているので、

更にモノを増やしてしまい、

結果的にモノが溢れかえり、モノに支配されてしまう。

 

 

 

この映画を観ると、

このようなパラドックスを感じることができ、

今の自分の生活の状態を見直すことが出来ました。

「モノの量は適正かな?」

「余計なモノに支配されていないかな?」

と。

 

 

映画の最後で

「人生に必要なモノは100個だけ」

「200個までのモノは生活を楽しむためのもの」

と言っていました。

 

どこまでが自分の生活の質・幸福度を高めてくれて、

どこからがそれほどの効果を生まないか

ということを意識して買い物や日々の生活をするか、

思いを馳せることが大事だと感じます。

 

主人公のおばあちゃん曰く

「人生はモノでできていない」

 

何が自分にとって大切なのか、

それはモノではないはずですよね。